東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2038号・昭48年(ネ)2099号・昭48年(ネ)2140号 判決
(一) 自賠法三条に定める運行供用者責任の根拠は、被害者保護の立場からいわゆる危険責任および報償責任の思想に立脚し、自動車の運行を支配しあるいはその運行による利益の帰属する者に対して衡平の観念から事実上無過失責任に近い損害賠償責任を負担させることとしたものであり、したがって、同法条は、たとえ被害者救済のためとはいえ、右の運行支配および運行利益を有せず、たんに外形上自動車の所有権を有し、あるいはその登録原簿上所有名義および使用名義などを有するのにすぎない者に対してまで右の運行供用者責任を課する趣旨ではないと解するのが相当である。そうだとすると、本件事故当時右日産プリンスが本件加害車について右第一審原告両名主張のとおりの権利関係その他の立場を保有していても、そのことでは本件加害車の運行供用者に該当するものと速断することはできないから、右第一審原告両名の主張は、それ自体において採用することができない。
(二) 次に本件加害車の販売契約には右第一審原告両名の当審での主張一(一)中の(1)ないし(5)のような各条項の定めがあることは右事件当事者間に争がなく、同契約条項によれば、前記日産プリンスがこれらの契約条項にもとづいて販売代金が完済されるまでは本件加害車に対して一定限度の支配力を有していたことは否定できないが、これらの契約条項にもとづく支配力は、すべて右日産プリンスにおいて本件加害車の販売代金債権確保のため、いわば担保物ともいうべき本件加害車の担保価値の減少を防止する目的のために用いられるものであって、その目的以外に用いられるべき趣旨のものでないことは、これまた前記引用の原判決説示のとおりであり、そして、本件にあらわれた全証拠を検討しても、右日産プリンスが前記販売契約上右目的に限定されることなく本件加害車の運行について支配力を有し、また実際上においてもその趣旨の支配力が用いられていたという事実を確認するのに足りる証拠はない。
もとより日産プリンスは右形態の契約によって本件加害車等を販売し、買受人に使用させることによって営業上の利益をえているのであるが、右は販売自体からえているのであって、右加害車の運行それ自体によって受けているのでないことはいうまでもなく、さらに、右運行自体から利益をえていないと同様にその運行に伴う危険の実現に加担しているのでもなく、要は販売代金が確実に支払われるかぎりでは販売した自動車による運行および利益の取得等その稼働にはかかわりがないのである。
そうだとすると、日産プリンスが本件加害車を販売することによって本件加害車に対し前記のとおりの一定限度の支配力を及ぼし、結果的にその運行利益金のなかから販売代金の回収をえていようとも、そのことを理由として日産プリンスに自賠法にいう運行供用者責任を負わすわけにはいかないのである。したがって、右と異る見解に立脚する右第一審原告らの主張には賛同することができない。
以上の次第で、いずれにしても、右日産プリンスは前記法条に定める運行供用者には該当しないものといわざるをえない。
(畔上 上野正 唐松)